「いつか」を「今」に。私が今治で古民家カフェを始めるまで…横田七海さん

高知県→今治市朝倉 | 里山暮らし | Iターン | カフェ経営
横田七海(よこた ななみ)
古民家カフェ栞オーナー/2021年移住/高知県出身
高知県出身。2021年、夫の地元・今治市へ移住し、2024年に「古民家カフェ栞」をオープン。養護助教諭として子どもたちと向き合う日々を送った経験を生かし、「誰かがほっと一息つける場所を」という思いを大切に、カフェを営む。移住後は自然や地域とのつながりを感じながら、自分たちの手で暮らしをつくる楽しさを実感中。
「いつかカフェをやりたい」――そう思いながらも、日々の生活の中で先送りにしてきた夢。けれど、移住をきっかけに「今やってみよう」と一歩を踏み出したのが、古民家カフェ「栞(しおり)」のオーナー、横田七海さんです。高知から夫の地元・今治へ移り住み、見つけたのは住まいとお店を兼ねた古民家。虫や寒さといった不便もありつつ、「自分たちの手で暮らしをつくる楽しさ」に惹かれながら、2024年にカフェをオープンしました。星空や海、地域の人とのつながりに支えられて始まった、新しい今治での暮らし。その日々を振り返ってもらいました。
移住のきっかけ

生まれ育ったのは高知。大学時代の同級生だった彼と、ちょうど同じタイミングで卒業を迎えようとしていました。彼は大阪の部署に配属を希望していましたが、2020年春、新型コロナの影響で状況は一変。会社がリモートワークに切り替わったことで、大阪へ行かず、実家のある今治で暮らし始めました。
一方、私は予定通り地元・高知に残り、養護助教諭として働きはじめました。しばらくはお互いの地元を行き来する生活。最初のうちはそれで十分だと思っていましたが、時が経つにつれ、今治で暮らす彼が少しずつ地元に馴染み、シャキッとした今治弁の言葉遣いからも変化を感じるようになったんです。
「このまま離れていたら、気持ちまで遠ざかってしまうかもしれない」そんな不安が芽生えました。悩んだ末、翌年の春、私も今治へ移住することを決意しました。大好きな高知を離れる寂しさはありましたが、「近いし、帰ろうと思えばいつでも帰れる」という安心感も背中を押してくれました。正直に言えば、勢いで決めたところも、大きかったですね。

仕事のこと
今治でも養護助教諭として働きはじめ、4年間、中学校で子どもたちと向き合いました。保健室を、子どもたちにとっての安心できる居場所、ひと休みしてまた頑張ろうと思える空間にしたいと思って仕事に向き合っていました。そんな日々のなかで、保健室だけでなく、日々の生活でも誰かにとって心を安らげる空間を作りたいと思うようになりました。
そんなとき、彼が趣味で始めたコーヒー焙煎に出会いました。正直、それまでコーヒーに特別な思いはなかったんです。でも、彼の淹れてくれた一杯を口にした瞬間、「コーヒーって、こんなにおいしいものなんだ」と衝撃を受けました。

そのときふと心に浮かんだのが、「誰もがほっと落ち着けるカフェを開きたい」という夢でした。長い間、漠然と「いつか」と思っていたこと。でも、「結婚して、子どもを育てて…と人生が進んでいったら、その『いつか』はどんどん遠のいてしまうんじゃないか」。そう考えたら、「やるなら今だ」と思えたんです。
住まいのこと
今治に移住してきた当初は賃貸のアパートに暮らしていましたが、カフェ開業を目指してからは古民家を探しはじめ、松山や西条の古民家まで見て回りました。でも、駐車場がなかったり、雰囲気が合わなかったり、なかなか理想に出会えず…。そんな中、不動産屋さんが「ネットには出していないけど」と紹介してくれたのが、今の家でした。
少し予算はオーバー。でも間取りを見た瞬間、「ここなら、住まいとお店を分けて使える」とイメージが湧き、心が決まりました。今はその古民家をお店兼自宅として使いながら、少しずつ手を加えて暮らしています。



古民家に住んでみると、やっぱり大変なこともあります。夏は虫との格闘、冬は隙間風で寒さを感じ、不便を感じることも。それでも、木のぬくもりに包まれた空間は落ち着けるし、「失敗しても大丈夫」と気楽に自分たちの手で作り変えられるのも、この家ならではの魅力です。新築だったらきっと、そんな風には思えていなかったと思います。

今治暮らしで感じること
今治に来て一番驚いたのは、暮らしやすさです。スーパーやショッピングモールが身近にあって、生活に不便はありません。それでいて、少し車を走らせれば海や川がすぐそこにある。夫は川、私は海が好きで、休日は一緒に自然の中で過ごす時間を楽しんでいます。
そして何より、夜空。高知にいた頃は星を見に出かけていましたが、今治では家の前の田んぼから空いっぱいの星が広がります。何もせず、ただ眺めているだけで「ここに来て良かった」と心から思える瞬間です。



地域の人たちも温かく、清掃活動や自治会も「無理なくできる範囲で」というゆるやかさが心地いい。移住してきた私にとっては、その距離感がありがたく感じます。
未来のこと
カフェをオープンしてから間もないですが、早くも「また来たよ」と顔を見せてくれるお客さんがいて、その一言が何よりの励みです。生徒や保護者、同僚だった先生方も訪ねてきてくれる。先日は遠方に進学した生徒が、帰省のタイミングで立ち寄ってくれて、成長した姿を見せてくれました。そんな再会は、胸がいっぱいになる瞬間です。
愛媛の人たちは真面目でしっかり者が多く、地域のつながりを大事にしている印象です。カフェのオープンにあたってはクラウドファンディングをして、その時もたくさんの方に支えてもらいました。いつも気にかけてもらって、カフェが口コミで広がっていくのも、この土地柄のおかげだと思っています。
「いつか」と思っていた夢を「今」に変えたことで、少しずつ未来の形が見えてきました。これからも、地域に根を張りながら、訪れる人が肩の力を抜いて過ごせる居場所をつくっていきたいと思っています。

取材日:2025年8月(掲載の情報は取材日時点のものです)
移住Q&A 先輩に聞いてみました
Q 今治はどんなところ?
A 程よく街の便利さがありながら、少し車を走らせればすぐに自然を感じられるところが魅力です。たとえば「海に行こう」と思ったらほんの数分で着きますし、ちょっと移動するだけで違う景色が広がっている。観光に来た友人には「島」という特別な場所も紹介できるのがいいですね。 名前がついた場所じゃなくても「ここから見る景色が最高なんだよ」と胸を張れるスポットがあるのも、今治の良さだと思います。
Q 大変だったことは?
A 私は高知にいる頃から四国銀行を使っていたのですが、同じ四国でも今治に来てみると、愛媛では伊予銀行や愛媛銀行が主流。職場の給与口座も指定があって、どちらかを新しく作らなければならなかったんです。 ところが、伊予銀行は住所が愛媛県内でないと口座が作れない決まり。引っ越しのタイミングと契約開始日が重なって、手続きがややこしくて…。結局、愛媛銀行の口座を作って対応しましたが、県ごとに“銀行の勢力図”があるのは、移住者ならではの戸惑いポイントかもしれません。
移住を考えている方へメッセージをお願いします!
今治に来てみて、いい面もあれば「ちょっと大変だな」と思う面も、正直あります。でも、それはどこに住んでも同じこと。実際に暮らして、人や地域と関わってみないと分からないことも多いと思います。
大切なのは、自分がその環境を「よし」と思えるかどうか。人との距離感が心地よいと感じられるか、多少の不便を楽しめるか。そこが許容できるなら、きっと楽しく暮らせると思います。
もし移住を迷っているなら、まずは一度来て、実際に生活してみるのが一番です。「どうにかなるだろう」という気持ちで飛び込めば、なるようになるんじゃないかなって、思います。





