地元農協のサポートで叶えた「柑橘農家」への道【大三島】
愛媛県は、全国でも有数の柑橘類の産地。中でも太陽の光と潮風をたっぷりと浴びて育つ愛媛みかんは、酸味と甘みのバランスが絶妙で全国でもトップクラスの生産量を誇ります。とはいうものの生産農家の高齢化による担い手不足が課題となっているのは他の農作物と同じ。そこで今治市にある越智今治農業協同組合(以下、JAおちいまばり)では新規就農希望者を研修生として受け入れ、サポートする制度を設けています。この制度を活用して愛知県から今治市・大三島へと移住した菅洋輝さんに、移住を決めた理由や研修制度のことなどをお聞きしました。
父方の祖母が住む大三島は、昔からなじみのある場所ではありました
岡山県で生まれ育ち、大三島には父方の祖母が住んでいたため、小さい頃には年に数回、遊びにくるなど以前からなじみがあったという菅さん。「おばあちゃんも農家として柑橘類を育てていたので、中学生くらいまでは収穫時期になったら手伝いをしにきていました。当時から坂がきついなという印象はありましたね」。高校まで岡山で過ごし、愛媛県松山市の大学を卒業したのち、愛知県にある大手自動車メーカーの関連会社でエンジニアとして10年間勤務し、自動車の生産設備等の設計に携わってきたそう。
仕事の傍ら、いつかは家庭菜園レベルであっても農業に携わってみたいと思っていた菅さんでしたが、2018年に愛知県内でも農業が盛んなエリアに引っ越したことをきっかけに、農業に対する思いがさらに膨らんでいったと話します。「地域の消防団に入っていたんですが、その消防団の先輩に専業農家の方がいました。農業に興味があると伝えたら、手伝ってみる?と言ってもらえて。実際に作業をしたり、その方からお話を伺ったりするうちに、それまで『農業=大変』『ハードルが高そう』というイメージだったのが、若いうちに事業として取り組めば成り立つんじゃないかという気持ちに変わってきたんです」。
農業をやりたいという気持ちが強くなった菅さんは、真剣に農業に従事する方法を模索することに。当初は愛知県で就農を考えたと言いますが、消防団の方々の先祖代々の土地を守っていくという考え方に感銘を受けたことで、菅家のルーツがあり、自分の故郷と奥様の故郷のちょうど中間に位置する大三島が移住先の候補のひとつに挙がりました。ちょうどその頃、祖母が高齢のために大三島の家が空き家になり、大三島への移住を考えるようになった菅さんが出合ったのが、JAおちいまばりの研修制度でした。
移住者も活用できる新規就農のサポート制度に魅力を感じて
JAおちいまばりでの面接を経て、研修制度を活用できることになり、移住を決めた菅さん。当時勤めていた職場の上司に「農業をやってみようと思います」と報告したところ、「お前ならやれると思う」と背中を押してくれたそう。新型コロナウイルス感染拡大の影響で県をまたいだ往来が難しい時期と重なってしまったため、1年ほど移住時期がずれたものの、2021年1月から研修生として大三島での生活が始まりました。
「研修期間は2年。その間にJAの研修圃場で、柑橘農家として必要となる知識・技術を習得してもらいます。新規就農で研修を受ける場合には助成金が申請できるので、研修期間中はその制度の活用を勧めています」と話すのは、先輩柑橘農家でもあり、JAおちいまばりで新規就農サポートを担う髙本圭さん。国の制度である助成金を受けるには、愛媛県の認定機関での研修が条件だそうで、JAおちいまばりでは現在、菅さんを含めて4名の研修生がこの制度を活用して研修を受けていると言います。
菅さんの研修期間は、2023年1月まで。「今度は新規に就農した人向けの助成金制度もあるので、研修修了後に農家として独立するにあたっては、その制度を活用させてもらう予定です。初めてチャレンジすることばかりなので、こういう制度があるのは本当に助かります」と菅さん。ちなみに面接の基準は?と髙本さんにお聞きしたところ、「人となりです」と即答。「私たちが四六時中一緒にいてサポートできるわけじゃないですから。大三島は移住者を受け入れてもらいやすい地域なんですが、やっぱりどんな人が入ってくるのか心配はしていると思うんです。最後はその人次第なので、制度に魅力を感じたとしても、農業についてはもちろんですが、地域自体のことも事前に見てもらえたらと思います」と話してくれました。
一人で考えすぎるよりも、誰かに相談してみる。調べるだけで移住した気になってしまわないように
柑橘農家の高齢化が進む大三島では、現在70代、80代の農家が多く、離農した地域の方の畑を貸してもらえることもあるそう。ただ一度耕作放棄された畑は、手入れしない状態が長く続いているため、草はもちろん雑木が生い茂り、ひどい状態になっている場合もあるとか。
菅さんが研修で開墾、苗植えをしてきた畑も、耕作放棄されていた場所だと言います。「この畑は、そこまで状態がひどくなかったので、1週間ぐらいで整地して、抜いた根っこなどを集めました。枯れている木や弱っている木が多かったので、その木を植え替えて、現在の状態にしました。ユンボを使って整地してから苗木を植え替えるんですが、みかん畑は急斜面にあるので、この作業がけっこう大変なんですよ」と菅さんは顔を引き締めます。「研修期間中は柑橘に関する勉強に集中できればいいんですが、すぐに収穫できる状態で借り受けられるような圃場はなかなかないので、畑の整備作業などがどうしても増えますね」。
整地後の春に植えた苗木は、現在2年目。「だいぶ大きくなっていますが、植えた時は木の棒ぐらいだったんです。一年でずいぶん大きくなるんだなと」。ただ、出荷できるようになるのは、5年から6年後。それもしばらくは数えられるほどしか実をつけず、本格的に収穫できるようなるには10年近くかかると言います。研修期間終了後は柑橘農家になる菅さん。「作物はほとんどの場合、年に1回しか収穫できないのでお金の回転がゆっくりなんですよね。その空白の期間を耐えられるかどうかは大きい。サラリーマンとのギャップはかなりあるので、移住前にどういうライフスタイルになるかをイメージしておいたほうがいいと思います」。
移住や新規就農を考えている方にアドバイスはありますか?とお聞きしたら「レンタルビデオ店でパッケージの裏に書かれたあらすじや登場人物だけを見て、深い内容もわからないまま観るのやめてしまうことってありませんか? 僕は移住や新規就農って、それに似ていると思うんですよ」と菅さん。「事前に調べることも必要ですが、自分の頭の中だけ考えるのって限界があると思うんです。考えすぎてしまって、動けなくなってしまうことも。考えすぎる前に先輩移住者や移住検討先の自治体に相談するのがおすすめです」と頷きながら話してくれました。
取材日:2022年12月(掲載の情報は取材日時点のものです)